2013年

6月

28日

読後の仲間たちへ

おはようございます。

金曜日を迎えました。

 

今週はずっと葉山ですごしてきましたが、きょうから代官山に戻ります。

 

さて、この春から新しい試みとして、あるコラムに作文を寄せています。

渋谷の老舗、大盛堂書店のフリーペーパーです。

 

文章を読むことが好きで、それを人に勧めることをなりわいにしながら、作文にはいまだに苦手意識があります。

 

はっきりいって、苦行とさえ感じます。

 

もちろん、できることなら「同じ世界に属すべき人に『呼びかける』スキル」(神田昌典)を自分も手にしたい。

 

そんな魂胆もあり、コラムのタイトルは「読後の仲間たちへ」としました。

どこの誰に呼びかけるべきかもわからないまま、ともかく練習を始めています。

 

次の掲載は、7月1日号です。

すでに作文した2回分を、下記に転載しておきます。

 

 

読後の仲間たちへ(「大盛堂書店2F通信」2013年5月1日号掲載)

 

 渋谷随一の老舗書店、大盛堂書店へようこそ。新しくコラムを担当する、土曜社の豊田剛と申します。

 

 まず自己紹介をおゆるしください。土曜社は3年前の2010年秋に創業し、以来、年に3冊のペースで、ゆっくりと本を出しています。出版業は、信長よりも秀吉よりも家康だろうと腹をくくり、代官山に居を構え、養生を心がけ、75歳まで生きる気概で取り組んでいます。

 

 当コラムでは、渋谷に集う若き読書家諸兄と、読書をめぐる功罪を分かちあい、数十年後の晩年、共にニヤリと笑うことをめざします。あのころ渋谷の大盛堂で、変なコラムを読んだっけ、と。

 

 要は家康といえども、一人で長生きしたわけではないんですね。仲間と一緒に生き延びる、これが大事です。

 

 

 さて、からだが喜ぶ読書術を見つけましたので、さっそく報告します。昨日初めて試したばかりにつき、経過観察が十分でない点はご留意ください。

 

 ことの起こりは、一本の新聞記事でした。

 

 「オフィスで立って仕事をする時代がやってくる」(日本経済新聞、2013年4月14日)と題するその記事は、「座ることは体に悪い」として、デスクワークをやめた米国人ジャーナリストの取り組みを伝えています。

 

 日本の書店でも、この米国人ジャーナリストの著作『健康男』(日経BP社、2013年)が出ていますので、詳細は書物にゆずります――街の書店のおかげで、なにかと話が早くて助かります。

 

 話を戻します。「人生とは、座る椅子を決めること」ともいわれます。ところが、座る人生からそっと降りてみれば、大臣の椅子も、いばらのムシロも、ただの景色にすぎません。まるで立木が広々と自由の境地に枝を伸ばすような、何ともいい気分です。

 

 『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋、2007年)の村上春樹さんも、走ったあとは机に向かうわけで、大きなくくりでいえば、座った文体というほかない。

 

 当コラムの筆者は、身の丈190センチメートルの巨体を持て余し、小さすぎる椅子に身を縮める気分で暮らしてきました。

 

 直立二足歩行が人類を類人猿から分けた例もあります。つまり椅子からの解放が新たな進化をもたらさないともかぎらない――こうワクワクしている次第です。

 

 2カ月後の次回は、立って読み、書き、作業をした成果を報告したいと思います。

 

 

インタビュー(「大盛堂書店2F通信」2013年5月1日号掲載)

 

- 経歴を教えてください。

 1977年、滋賀県甲賀郡に生まれる。甲賀忍者の末裔と自分を見なして、三重県桑名市で育つ。2001年に慶應義塾大学経済学部を卒業。慶應義塾大学出版会、ブルース・インターアクションズ(現スペースシャワー・ネットワーク)、三井生命保険勤務を経て、2010年に土曜社を創業。

 

- 独立したきっかけは?

 新卒以来、ほぼ3年ごとに転職をくりかえし、会社勤めに向いていない性格にうすうす気づいていたところに、若い友人の編集者が上司との折りあいの悪化から退職する事件があり、彼が編集、自分は営業を担当する双頭体制でいく方向で盛りあがったあげく、勢い余った自分だけが一人独立したという経緯です。

 

- なぜ出版業を始めようと思ったのですか?

 やりたくないことを慎重に避けた結果です。テレビも持っていないし、携帯電話も好きではない。コンピューティングもモータリゼーションも、功罪あるけれども自分は嫌だなというふうに、わがままを通すうちに行く先が狭まり、もう紙の出版しかない、と。「辛抱はしても、もうとてもできないと思う以上のことはけっして辛抱しちゃいけません、それが堕落の一番悪い原因なんです」(大杉栄『自叙伝』)

 

- 独立して、出版業を始めて失敗だったなあと思ったことは?

 建築家の安藤忠雄氏が「連戦連敗」、ユニクロの柳井正氏が「一勝九敗」だとすれば、3年生の土曜社は「七戦七勝」なんです。既刊本はすべて採算にのっていますから。にもかかわらず、一つひとつの勝利が小さすぎて、食えないという苦労はあります。本は読むにも、書くにも手間がかかっていますから、一冊の本を売るにも相応の時間をかけなければと思っています。

 

- これからの目標、野望は?

 大杉栄の著作は、土曜社版だけで累計1万部に達しています。幕末の志士が2千人といわれる事例を引くなら、ことを起こすには十分な数字です。でも、本は売りっぱなしで、「真実の瞬間」は書店のレジにしかないとされている。自分はこれを変えたい。具体的には書店・図書館を始めます。

 

- 一押しの貴社の出版物は?

 坂口恭平が歌う『Practice for a Revolution』。書籍コードのCDです。日本語で「革命の練習」といいます。自分は、フランス式の大革命には賛成しません。それより家族や友達を大切にしたいなと。その点からも、「ワンコールで電話に出ること」から始まる坂口恭平さんの革命に期待しています。

 

 

読書の平和(「大盛堂書店2F通信」2013年6月1日号掲載)

 こんにちは、土曜社の豊田です。


 さて、前回は新しい試みとして、立って読み、立って書き、立って仕事を始めたことを報告しました。

 

 あれからひと月がたち、今は再び座敷に腰をおろし、机に向かう元通りの日々を過ごしています。三十数年間で座る暮らしに慣れた身体が、急な変化に驚いたのでしょう。しばらく背中をいたわる必要がありそうです。

 

 さて、気をとり直して、今回は読書とその敵について考えてみたいと思います。

 

 少し回り道しながら、話を進めます。

 

 本と出会うには、3つしか方法がないといわれます。すなわち、一に書店へ出向くこと、二に図書館を使うこと、そして三つめが、本を知っている人と出会うことです。

 

 青年時代に、本をよく知っている誰かと出会った人は幸いです。読書に通じた年長者や、本を読む同級生がこれに当たるでしょう。

 

 戦前の日本には、読書を継承するためのすぐれた仕掛けがありました。ほかでもない、書生のならわしです。ワンルームマンションはまだ発明されていませんでした。ふるさとを離れた青年は、年長者の家庭に寄寓し、寝床だけでなく同時に書棚も手に入れたのです。

 

 そのころ青年は、寂しさをまぎらわせるために渋谷をうろつく求めを感じませんでした。もちろんテレビやスマートフォンとも無縁です。

 

 エッセイストの林望氏は、『知的生活の方法』の渡部昇一氏との対談で次のように語っています。

 

 「家にいるとき、遠くのほうでにぎやかなのがいい」「それから、年をとった勤勉な女中がいて、旦那様は偉い人だと思ってくれていることがいい」と。

 

 だからこそ、大きな家に住むのが望ましいというわけです。

 

 翻って、筆者の暮らしは、知的生活の観点からみれば落第というほかありません。なにしろ事務所は六畳一間。そこに巨漢の筆者と、血を分けた熊のような弟、それに筆者の婚約者が泊まりこみ、ひしめくように暮らしているのですから。

 

 読書の敵とは、近すぎる同居者にほかなりません。

 

 アフガニスタンの反ソ連軍ゲリラの英雄マスード司令官は、行軍にも蔵書を帯同し、戦闘の合間も読書を欠かさなかったと伝えられています。比べて自分は、愛する家族の寝息にすら読書の平和を脅かされるような腹の細さ――。自慢できたものではありません。

 

 次回は、この狭く誘惑に満ちた現代東京でいかに読書の平和を確保するべきかを考えてみたいと思います。