2013年

2月

10日

大杉栄『日本脱出記』のかっこよさについて

おはようございます。

 

さて、ひさしぶりに大杉栄の話題です。

 

ルポライターの鎌田慧さんが今朝の新潟日報(2月10日付)で、大杉栄『日本脱出記』のかっこよさについて書いています。

 

新潟のSさんが、朝一番のファクシミリで知らせてくれました。

「大杉栄の会」のSさんといえば、顔の広い方なので、ピンとくる向きもあるかもしれません。

 

 

新潟では案外、大杉栄と新潟のゆかりについては知られていません。

 

越後の人としては、「まず上杉謙信と良寛さん」であり、「かろうじて河井継之助や連合艦隊の山本五十六長官、坂口安吾まで」(新潟の書店)ということになるそうです。

 

余談ですが、国家社会主義の北一輝も佐渡に生まれているなど、新潟についてはいろいろと調べはじめればおもしろいのでしょうが、大杉のことにもどります。

 

 

大杉栄は、帝国陸軍勤務の父・大杉東にしたがい、4つのときから17歳の上京まで、幼年時代の多くを新潟の兵隊町、新発田(しばた)ですごしました。

 

その間、名古屋の陸軍幼年学校に進み、窮屈な寄宿生活をかこっていた14歳のとき大杉は、つぎのように新発田をなつかしみます。

 

「僕ははじめて新発田の自由な空を思った。まだほんの子供の時、学校の先生からも遁れ、父や母の目からも遁れて、終日練兵場で遊び暮らしたことを思った。」(自叙伝)

       

大杉のいわゆる「自由な空」は、いまは広場となった旧練兵場で感じることができます。

この空の下、赤穂浪士の堀部安兵衛、帝国ホテルの大倉喜八郎、われらが大杉栄、ラバウルの将軍・今村均、よど号グループの田宮高麿といった個性が育っていきました。

 

 

さて、今年9月16日には、大杉栄が東京・大手町の憲兵隊本部で殺されてから、90年の節目をむかえます。

憲兵隊跡地はパレスホテルに変わりました。

パレスホテルと皇居とをへだてるお堀に白鳥が2羽ならんでいるのをみれば、大杉栄と伊藤野枝に見立ててみたくなるかもしれません。

9月には、大杉ゆかりの新発田、そして大杉の墓をひっそり守ってきた静岡など、各地で記念イベントが企画されているもよう。

 

詳細がわかりしだい、続報したいとおもいます。

2月10日付「新潟日報」鎌田慧さん、大杉栄の自由闊達なかっこよさについて
2月10日付「新潟日報」鎌田慧さん、大杉栄の自由闊達なかっこよさについて