第8話 シャンプーボーイ

 

 

 

 シャンプーボーイとは、一日中シャンプーをしている入社1年目の男女を指す。


 彼ら彼女らの役割は、お察しのとおり、シャンプーである。

 ほかに、掃除も彼らの分担だ。

 

 と片付けたいところだが、僕が育ったヘアサロンは、一筋縄ではいかないのである。

 

 入社してすぐシャンプーは完璧にできるよう、内定者は4月入社前の12月あたりからシャンプーレッスンに通ってくる。

 無駄のない、合理的な仕組みだ。

 

 4月になると、すぐカラーレッスン、ブローレッスン、パーマレッスン、ストレートレッスンなど、カリキュラムはどんどん進んでいき、さらに電話対応レッスン、カットレッスンと、目まぐるしくシャンプーボーイの1年はかけぬけていく。

 

 

 僕は、シャンプーには自信があり、こだわりもあった。

 

「シャンプーがヘタクソなやつは、売れる美容師にはなれない」

「シャンプーは起承転結なんだ! ストーリーのあるシャンプーをしろ」

 

 そんな意味深な言葉を先輩から聞いたものだ。

 

 

 手を握ると血が出てきたシャンプーボーイのころ。

 

 当時のシャンプー剤は、今みたいにオーガニック成分配合などという優れものではなかった。

 新人はみな、手荒れが激しかった。

 手の甲はヒビ割れ、指の第一関節なんかは切れ目のような傷が無数にできる――骨が見えそうなやつもいた。

 

 40℃を超す熱湯は、肌の天然保湿成分を蒸発させる。
 シャンプーを繰り返すうちに、肌の回復が追いつかず、どんどん手荒れが悪化していく。
 ついには、ドクターストップがかかるやつもいた。


 

 シャンプーボーイたちのなかにも戦いがある。

 

 かわいい女性客がくると、目の前の仕事を手早く片付けて、だれがそのシャンプーにはいるか——、そんなバトルが毎日繰り広げられていた。

 

 裏メニューで、シャンプー指名というのがあったが、同期のなかでだれが一番指名が多く、しかもかわいい女性客が多いか――、そんなことも競いあった。


 

 売れているスタイリストにシャンプーしてもらえば、すぐそれとわかるだろう。
 ほんとうに気持ちがいい。くやしいほどだ。

 

 ぼくは、頭蓋骨の構造、頭のツボなどの本を読みあさった。
 とにかく気持ちいいシャンプーがしたい。
 血行をよくして、頭の疲れをとる、「マッサージシャンプー」を編み出した。

 

「すごい気持ちよかった」

 

 そんな言葉と笑顔がみたかったから、シャンプーのスキルアップを追求し続けていたのだ。


2011年9月17日

第9話「アシスタント」につづく

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