
第3話 ターニングポイント
目の前は真っ白だった。
なにが起こったのか分からなかった。
激痛が走り、なにも見えない、なにも聞こえない。
僕を呼ぶ声が意識の外側から聞こえる。
中学3年の夏、野球練習場でのことだった。
バッティングマシーンの前に立ち、何球もの球を打ち返していた。
何球目だっただろうか。
バットを振り切った瞬間のことだった。
直ちに病院に運ばれ、「こりゃ、視力もどらないかもね……」と残酷な宣告を受けて僕は言葉を失った。
この事故による急激な視力低下は、甲子園という夢を一瞬にして奪い去った。
幼少時代から、片時もあきらめずに打ち込んできた野球に対する情熱、そして自信までもが低下してゆく……。
時間を少し巻き戻し、「運命の打球」が当たる前の心境を思い出す。
僕はスランプにおちいっていた。
試合ではノーヒットが続き、もがき苦しんでいた。
いつも期待され、スポットライトを浴びながら歩んできた僕にとって、この時期が「野球人生」ではじめての自信喪失だった。
練習中の意識を思い出してみると、マシーンから飛んでくる一球を本気で打つこともしていなかった。
はじめて味わうスランプに、努力を重ねずにして、完全にふて腐れていた。
そんな僕に天罰がくだされたのだ。
生半可な気持ちで挑むと、夢や希望は一瞬にして消え失せてしまうことを痛感し、なにごとに対しても手を抜いたり、ナメてかかることに恐れを覚えた。
僕はなにごとにも本気で、全力で取り組むようになった。
あのまま、なにも失うことなく、挫折や喪失を体験せず、順風満帆で甲子園に向かっていたら今の僕はここにはいない。
人生の序盤で、このターニングポイントと呼べる体験をしたことは不運だけど幸いだった。
今は本気でそう思える。
どんなことがあっても、気持ちが上を向いていれば人は幸せへと導かれるのだ。
2011年8月13日
第4話「自由を手にする」につづく


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